「顔」の本質を探る

彫刻家・鈴木裕三さん  24日まで岐阜市で個展
独自の視点生かし 23点 自分モデルに創作も

 

岐阜市出身で、都内を拠点に制作活動を続ける彫刻家鈴木裕三さん (五〇)の個展
「顔と仮面と体」が、岐阜市栗矢田町のギャラリーパスワールドで開かれている。具象にこだわり人体や顔をモチーフに、顔の本質を問い掛けている。二十四日まで。 (水野晶子)

鈴木さんにとって二年ぶり、岐阜市では初の個展。自らの顔をモデルに一年をかけて作ったという顔面と、変わり続ける時間の比喰 (ひゆ)である川の流れを組み合わせて不変と変化を問い掛けた「ぺるさうな1川と私」など、独自の視点を立体化した彫刻十八点、デッサン五点を出品した。「たった一年でも、経験の有無や考え方は変わっている。生涯を通して変わらぬ存在である自分が、どんな変化をするのか見てみたかった」と鈴木さん。ラテン語で、演劇で役者が着ける仮面を意味する言葉「ペルソナ」が、日本に伝わったころの言葉として考えられる「ぺるさうな」の題名に使用した。顔と女性の裸体を別々に制作して組み合わせた異色の立体「ぺるさうな 1色身」などを通して顔の本質を来場者に問い掛けている。中学生のころ円空仏や美術の教科書に並ぶ巨匠らの作品に魅せられた。普通科高校から東京芸大に進学し、迷わず彫刻を専攻。その後約三十年にわたって、彫刻の世界にかかわってきた。鈴木さんは人物を表現する場合、「突き詰めていくと人は顔だ」と言う。顔は性格や心情を表し、つまりは人を知るということにつながる。病気のときなどは体と心が葛藤 (かっとう)を生じることがあるが、一方で体も心も一つに感じられることもある。「顔が心の反映と見るなら、顔と体は一体。しかし、本当の心が出ているとは限らない」。顔は本当のことを表す場合も偽りの場合もある「表現の場」だと鈴木さんは考える。体は半年で完成しても、その後顔だけ一年かけて作り直したこともあるという。顔面だけ作ることも始めた。最初に制作した自刻像は、花に囲まれている。自身の父が亡くなった際、棺の中の父の顔を見たときの印象だ。人が死んでも、棺 にわざわざ窓を作り顔だけは見せる。詰まるところは「顔」なのだと実感したという。最近は、顔や体に加え手にも興味を持つようになった。手の位置を変えただけで、その像の表情が違ってくる。「人間とはこういうものかなと、年を重ねるごとに感慨が変わってくる。そのときの気持ちを表現できれば」。鈴木さんはこれからも「人」と向き合い続ける。

人体や顔をモチーフにした彫刻を出品した鈴木裕三さん
=岐阜市栗矢田町、ギャラリーパスワールド

岐阜新聞 文化欄 2007年8月17日

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