美濃和紙研究 イレイン・クーパーさん

美濃和紙の魅力伝えたい
母国・英国で世界に発信


伝統の美濃和紙を学ぶ英国人アーティスト、イレイン・クーパーさん(42)が再来日した。七年余の日本滞在後、母国イギリスに帰り、この間、日本紹介行事「ジャパン2001」など、さまざまな催しの中で美濃和紙の紹介に努めてきた。数多くの美濃の人たちから和紙作りを学んだイレインさんは今、"日本人"に代わって美濃和紙の魅力を世界に伝えようとしている。(林進一)

イレインさんは一九九二年五月に単身で来日、美濃市に移り住んだ。前年、英国で行われたジャパン・フェスティバルで実演された美濃の手すき和紙にすっかり魅せられたからだった。
「光を通すほどに薄く、柔らかいのに強い。紙そのものが一つの芸術品のようでした」
和紙の里・美濃市の小中学校で英語指導助手を務めつつ和紙職人後藤明.さん=同市上野=に師事し、自ら紙すきを手がけた。和紙の魅力に導かれはるばるイギリスから訪れたイレインさんを数多くの支援者が迎え入れた。そんな中、通訳のボランティアとしてイレインさんを支えたのが今峰善一郎さん・鉱子さん夫婦=関市稲口=だった。
「日本人以上に日本人っぽい女性。まるでイレインの後ろに着物姿のもう一人のイレインがいるような気がしました」と元英語教諭の鉱子さん。たった一人で異国に移り住み、紙すきの初歩から精力的に学んだイレインさんだったが、「明るく見えたイレインも、髪がよく抜けるほど精神的な緊張は強かったようでした」と当時を振り返る。
三週間の予定が一年、さらに一年と年を重ねた。
「和紙の魅力だけではなく、人情、自然、すべてが私を引きとどめた」和紙に恋をしたのも同然のイレインさんだったが二〇〇一年七月、同郷ウェールズ出身のボーイフレンド、ケビン・ヘインズさんとめでたく結婚。同時に帰国後の生活は、そんな喜びとともに大きな〃仕事"が控えていた。〇一年五月から一年余、英国全土で催された日本紹介事業「ジャパン2001」で、和紙を披露することだった。
「和紙展」は、美濃和紙はじめ日本各地の和紙や紙工芸品、イレインさんの作品紹介、さらに材料を美濃から取り寄せて行う手すき実演などだった。ロンドン・ハイドパークでのオープニングでは、公園内の大テントでさまざまな日本の文化、工芸品が紹介されたが、長蛇の列で関係者を驚かせたのがイレインさん担当の和紙展だった。同会場には渡欧中の皇太子・浩宮さまも会場を視察、「紹介者が日本人でなかったのに驚かれたご様子でしたが、感謝と励ましの声をかけていただきました」という。
日本紹介イベントは、このほか大英博物館、学校、画廊など各地で行われ、うち十四会場の催しでイレインさんもかかわった。同年秋のウェールズ地区ブリジェンド市のソニー・イベントホールで開かれた和紙展には美濃市から石川道政市長、後藤明さんら七人も訪れ美濃和紙を紹介した。
いずれも大人気で、子供たちからは和紙で何かを作りたいという希望が殺到。イレインさんの講座を受講したのは延べ六千五百人ほどにもなり、昨年五月には、そうした功労で日本大使館から感謝状も贈られている。
「美濃和紙を学ばせていただいた感謝の気持ちで紹介してきたが、反響がありうれしい。私自身はこれからもいろんな紙を使い作品を作りたい。インテリア、工芸品など和紙の可能性はいっぱい」と大きな夢と期待をかける。
短期で再来日したイレインさんだが、今後は美濃和紙や交流活動のことも本にまとめる予定。「美濃はこれからも私のホームタウン。多くの和紙職人が高齢化する中、伝統の技を若い人たちに継承していくシステムを確立してほしい」と願いつつ、「そのためにも日本の人たちに伝統の文化と技のすばらしさに自信をもっていただきたいですね」と注文している。


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