1998年8月5日 日本経済新聞 (文化) 掲載

魅力浮き出す美濃和紙
銅版画に活用、英国から渡り作り始めて6年
イレイン・クーパー

和紙は一般に銅版画には向かないという。表面に浮き出た原料のコウゾの繊維が細かい線の印画を邪魔するからだ。でも実際に和紙を作ってみたら、材料の配分と漉(す)き方を工夫すれば十分版画に使える和紙は作れるし、ほかの様々な芸術にも利用できることがわかるだろう。
英国ウェールズの版画家である私は、伝統文化の和紙、とりわけ岐阜の美濃和紙に魅せられ、六年前に来日して和紙作りを始めた。
材料としての和紙の可能性を広げたいと、自ら漉いた和紙を使ってアートの作品作りに取り組んでいる。英国の美大を卒業し、版画家として活動していた私は、版画を刷る材料である紙にも興味を持っていた。
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師の実演に一目ぼれ
和紙を実際に目にしたのは九一年。英国の大学で開かれた「ジャパンフェスティバル」という行事で、日本から呼ばれた美濃和紙の伝統工芸士の方が紙漉きのデモンストレーションをしていた。それをのぞいた私は、いっぺんで和紙のとりこになり、期間中ずっとそばで手伝いながら和紙作りを体験した。
その間、女性の肌のようなきめ細やかな美濃紙を、自宅に持ち帰っては版画で試した。そのころ私はベースとなる紙にさらに薄い色紙をいくつか張り付け、その上から銅版画を刷るアイデアを温めていたが、西欧の紙は薄いと破けてしまう。ところが縦横に何度も漉いて繊維を重ねた美濃和紙は、薄くても大変丈夫で、その上とても美しかった。これこそが自分の求めていた紙だと知った。私はついに和紙作りを日本に学びに行く決意をした。直接美濃市に連絡し、二、三週間でいいから学びたいと間い合わせた。美濃市の小中学校で図画や英語の補助教員をしながらであれば、三カ月滞在可能といううれしい返事を得て、九二年に来日。市の職員用の部屋を提供してもらい、昼は学校で教え、空いている時間に紙漉きの特訓をしてもらうことになった。先生は英国にも来ていた伝統工芸士の後藤明さんだった。
後藤さんも私も必死だったが、困ったことにお互いの言葉がわからず、ほとんど口をきかずに、身ぶり手ぶりの訓練がずっと続いた。後藤さんが漉くのを見て同じ事を何度も繰り返す。均等に繊維をならしていくのは至難の業。ちょっとでも力のバランスを崩すと端の方がめくれ上がってしまう。細かいところを尋ねたくても聞くことができず、もどかしくて悔しくて涙が止まらない日もあった。
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思い通り漉くのに2年
来る日も来る日も紙を漉き、家に帰っては、ふろの湯船の中でお盆を使って腕を振る練習をした。いつしか予定の三カ月は過ぎ、その後許されるまま一年、二年と滞在を延長していった。自分の思い通りの紙を作れるようになり、やっと紙漉きが楽しんでできるようになったのは、始めてから二年目ぐらいだった。
日本語が少しできるようになり、後藤さんから紙漉き以外にいろいろなことを教えてもらった。山の中でのいいコウゾの見分け方、その日の温度や湿度によって変える材料の配分など、本では触れられていない知識を学んだ。ある程度、紙を作れるようになってから、本業の銅版画も始めた。和紙は銅版画には向かないというが、コウゾをやや減らし、つるつるの感じが出るミツマタやほんの少しの綿を入れるなど配分を工夫して、細かい線まできちんとプリントできる和紙を開発した。自分で作った紙を作品に使うのはうれしかった。ほかの紙作りにもいろいろアイデアを絞った。花や金粉を散らしてみたり、漉く前のコウゾの帯の繊維を丹念に広げて、ほどけた麻布のようなものを作ったりした。インドネシアのバリ島に旅行したときに美しいバティックの布を見て、和紙を使ったろうけつ染めを思い付いた。洗っても蝋(ろう)を塗っても大丈夫な紙を半年以上かけて作りだし、あとはろうけつ染めと同じ方法で色を重ねて絵を描いた。後ろからライトを照らすと、ステンドグラスのような面白い効果が出て気に入っている。
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世界に広げたい
日本人以外にも魅力を知ってほしくて、和紙アートのワークショップを開いた。イギリスのペーパーアーティスト百五十人に和紙を使った作品を自由に作るよう頼んだら、三十数人が協力してくれた。いろいろな和紙を送ると「こんな素晴らしい紙は見たことがない。なぜこんなに美しいものを加工する必要があるのか」と言われたほど。バレ工のドレス、扇子、小さな靴など、和紙の感触と色合いに魅せられた多彩な作品が集まり、今年三月には展覧会を開いた。
今夏は岐阜のギャラリーで版画以外の作品も集めた初めての集大成の個展も開き、大忙しの日々を送っている。暇さえあれば和紙の産地を旅行して歴史を学び、地元の小学校で和紙作りのクラプを受け持ったり、和紙の博物館の案内をしたりするようにもなった。
日本人ではない私が日本の伝統工芸を教えるのは変な気もするが、和紙はデリケートで美しい世界に通じる文化。見ているだけでたくさんのアイデアがあふれてくる。ワシ・イズ・エキサイティング!(版画家)


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